
モンゴルの草原の風に吹かれて ②
NPO法人アジアンロード理事長
宮秋道男
あれは、一人で、草原の中の街・シリンホト空港に行った時のことだ。
一二月の結構寒い頃だった。空港に降り立っても、迎えの人が来ていない。「あれぇ、まだなのかなぁ」と。だけど「まぁ、そのうちに来るよね」と思い直して、しばらくたたずんでいた。その内に、出迎えの人、降り立った人のにぎやかなやり取りが少なくなって、空港はいつのまにかひっそりとなった。そして、なんとロビーの明かりが消され、真っ暗になったのだ。いるのは、私一人。それでも、私の迎えの人は来ない。わぁ、どうしよう!
空港といっても、名ばかりで、ほんの小さな建物。機内に預けた荷物はトラックに積み替えられて運ばれ、それがロビーの片隅におかれ、そこが荷物受け取り場となる。そのロビーからしても東久留米市役所のロビーの数分の一程度しかない広さ(屋内広場程度の広さぐらいかな)。タクシーだって、待っていないし、バスはもちろんない。街の郊外に、その建物だけがあるくらい。電気が消えただんかいで、ヒジョーに心細くなった。
モンゴル人とつきあうと、この種のことは多い。
ある年のこと。私たちが行った時期がちょうどよかったのか、現地の方が私たちの受け入れを大いに歓迎し、ナーダム的な集まり(馬の競走、モンゴル相撲など)にしようと、大々的になったことがある。現地の方と話し合いがすすみ、「それじゃ、明日、○△時に、ね」と約束し、握手をして分かれた。
翌日、その時間になっても、人びとは現れない。確かに「○△時」と約束したはずなのに、どうなっているの……。私たち参加者は心配し、中にはイライラする者がいて、かなりの時間、待ちぼうけした。結局、彼らがだんだん集まって来たのは、約束の時間から二、三時間過ぎてからだった。
私たちと会っても、ゼンゼン悪びれもせず、むしろヘイゼンとし、堂々としている姿は、「あきれた」を通り越して、逆にまぶしいくらいだ(苦笑い)。よくよく見ると、彼らの腕に時計をしている者は、誰もいないではないか。そんな彼らと時間指定の約束した我々がいけなかったかもしれない……。
私たちアジアンロード「夏の風:中国・内モンゴルの草原で交流」プログラムは、年に一度、彼の地を訪れる。交流(たび)の目的は、中国・内モンゴルの草原に身をおき、彼の地がどうなっているのか、彼らは、何を考え、どんな生活を送っているのか、実体験しながら、それぞれが発見することにある。同時に、その疑問が、私たち自身に向くことも多い。
前回、紹介したように、彼らの多くが、今では携帯電話を持つようになり、時計も持つようになった。しかし、そうなっても、彼らのアバウトさは変わっていないようだ。
その姿に接して、カチンと来る人もいるが、逆に、私たち日本人のあまりにもせっかちなサマに気づき、それはそれで救われることも多い。
しかし、その民族性ともいえる性(さが)ゆえに、中国国内では、彼らをいずらくさせている姿を見ることもあるのだ。この点については、稿をあらためて紹介したい。

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