活動報告
介護セミナーin中国・フフホト NPOアジアンロード活動報告2008
寄り添いの介護、愛を伝える介護
NPO法人アジアンロード理事長
宮秋 道男
一言で表現すると「国情の違い」と言えるのだろうが、中国とやりとりをする際には、こちらのやり方・ことの進め方とは違うということをあらかじめ承知しておかないといけない。
5月の事前訪問の際もそうだった(注1)。役所の担当部署の方と会うという話になっていたのに、直前で会えなくなって、高齢者介護の全体像がつかめなくなった。また現地に降り立っても、正確なところ、明日の訪問先の施設がわからないという事態にぶつかった。
間に入っている方はがんばってくれている。事前にこの方とこのような話になっているということなどが伝わり、「なるほどなるほど」ということで納得しながら、こちらでの準備をすすめて、「安心して」現地に足を運んで初めて、予定通りには進んでいない、その結果、進まないということはよくあることなのだ。
今回の訪問にあたっても、それが予想され、メンバーに、特に一緒に行く3人には(注2)、そのような「国情の違い」ついて私のほうから説明して、心の準備をお願いしておいた。今回も予想外の事態がいくつかあった。しかし、その予想外は、いい意味での予想外ばかりだった。
その一。
介護セミナーの会場が内蒙古大学になったものの、その主催責任者が大学自体となったこと。正確には、内蒙古大学民俗学与社会学学院主催のセミナーとなった。学院を代表しての挨拶がまずあり、こちらから代表して私が挨拶を行い、そして講義となった。受講生はそこの学生、研究生約80人であった。
その二。
日本の高齢者の介護のことを話してもなかなか伝わらないので「質問も出ないだろう」とタかをくくっていたら、そんなことはない。時間が足りなくなるぐらい、質問がどんどんと出された。「日本の介護保険制度のことを詳しく聞きたい」「介護者の報酬はどのぐらいなのか」「施設入所に当事者に抵抗はないのか。本人が望んでの入所か、家族かそれとも行政が入所させるのか」などと講義者側に「いい質問ですね」と何度もうならせた。
その三。
そもそも、大学に社会福祉学科(現地での言葉では、社会工作。Social workを訳したものと思われる)という専攻学科が生まれており(現在2年目)、受講生はそれをまなぶ学生がほとんどだった(注3)。
その四。
講義中、質問してわかったのだが、学生自身に高齢者介護といった経験がないのに、社会福祉を学んでいた。そして将来の夢としてあげているのは、介護現場そのものではなく、ソーシャルワークの領域の中であげられている「ソーシャル・アドミニストレーション」や「ソーシャル・リサーチ」、「ソーシャル・プランニング」といった、制度設計やマネージメント的な分野であった(注4)。
その五。
結果的に、セミナーはいいものができたが、その裏には、日本留学組の奮闘があった。正確にいうと、アジアンロードの関係者が窓口となって大学内での開催に向けて奮闘し、それを支える格好で、留学組の奮闘があったようだ。副学院長の「日本の専門家が来られてこのような形で講義ができたのは初めてだ。ぜひ機会があればまた実現したい」と閉めの挨拶として結びついていった(注5)。
その六。
市内の三カ所の施設見学を行った。二ヶ所は、事前訪問の際に見学できたところで、介護現場の実際が了解できるものである(注6)。しかし、今回初めて訪れた施設(松山老人公寓)では、問題意識が明確で、こちらが予想ないし期待(?)していたものであった。
すなわち「自分は以前にホテル・観光の部署で働いていた。その仕事と一緒だと思って、このような施設を始めたが、まったく違うことに気がついた」「現在の課題は、特別の介護技術を持った人がいないこと。またその技術を養成する機関がないことである」と施設長が紹介した。そして付け加えたのは、「これらの必要性について、何度も何度も役所や関係機関に伝えても誰もわかってくれない」と叫んでいた(!)ことであった。
その七。
松山老人公寓では、ボランティアの受け入れを積極的に行っていた。青年教育基地という位置づけがされていて、市内の大学生の多くが、夏休みを利用して、ボランティアとして参加していることを知った。
一つの大学ではなく、いくつかの大学からの参加があった。しかし、残念なのは、ボランティアとして受け入れても、それがインターン的に受け入れているわけではなく、その後の本人の就職や研究に結びついているわけではなさそうだった。
その八。
松山老人公寓で働く人たちとその待遇は興味深い。施設には、100人程度の高齢者を受け入れているが、介護程度に応じて、4ランクに分けられている(30、20、20、30人)。職員は、40人近くおり、その半分は、施設長の親戚で、それ以外は、地方からやってきて職に就けていない人たち(中高年の女性が多い)であった。
賃金は月1000元(日本円で1万5千円程度)を越えていて、「まずまずの給料を出している」というものであった。特別の休みや勤務体系があるわけではなく、職員全員が施設内に住み、高齢者の世話をするというものであった(家族同様に、家族の一員となって)。
その九。
介護の概念については、家族的介護と社会的介護と対立概念のように語ることが少なくないが、現地に見る介護は、それとは違うものであった。あえて言うならば、家族介護を延長させて施設での介護が行われているということか。
松山老人公寓での介護が典型的だ。職員全員が家族となって(!)、それぞれを見るというシステムとなっている。介護のあり方も、本人の負担や介護者の負担をいかになくすかというよりも、介護者が被介護者にいかに「その気持ち」を伝えるかにどうやら重きがおかれているようだ。
別段、そこに手を添える必要はないのに、肩にそっと手をやっている姿を見た。それでいて、力ずくで体を起こしたり、移動させる光景も見た。
つまり、高齢者は、か弱き、保護の対象でしかないという認識の下、寄り添い、援助する介護がそこにあるということでないか。「愛」を伝え、「愛」を注ぐ姿がそこにあった。高齢者本人がどのような気持ちでそれらを受け入れているかはきになるところだが、「介護の社会化」が叫ばれ、介護の普及が進んだ日本で、時に見忘れがちな視点でもあると思えてならない。
注1
NPO法人アジアンロードでは、2005年10月に「介護セミナーin上海」を開催したが、それに引き続いて、フフホトでも開催することになった。開催日は、2008年11月2日。セミナーの内容は、①日本の高齢社会の状態、②高齢者の状態とその介護で、ビデオ上映と介護用品をもちこんでの開催となった。なお、その開催にあたって事前に現地を訪ねた(5月)。
役所の方と会えなくなったものの、昼食を共にするという機会を現地の方がつくってくれた。市役所と区役所というレベルで二回、別々に担当職員の話を聞くが、高齢者の数や施設数ですら把握していないようで、少々がっかりした。
注2
現地を訪れたスタッフは、宮秋道男(アジアンロード理事長、社会福祉士)、木原 勇(大学教員、さわやか福祉財団職員)、金井明一(ケアタウン総合研究所職員)、田中千代子(介護福祉士、北京・農家女技能培訓学校講師:JICAで派遣)
注3
中国で社会福祉を研究する、教育する機関が非常に少ないというのが、これまでの常識だった。北京にある民族大学、上海の○○大学ぐらいで、研究者も少ない、と。しかし、今回行ってみて初めてわかったのだが、内蒙古大学のあるフフホト市内にある主な大学でも、続々と社会福祉学科が誕生していると聞いた。
注4
受講生に質問書を配布して、いくつか聞くことができた。
注5
大学の公式サイトで、今回のセミナーが紹介されている。
注6
介護とは、「単に世話をする程度」と理解しているフシがある。食事の世話、移動の世話、トイレの世話という具合で。事前の訪問の際に、グループホームのような雰囲気のある、数人の入所者がいる施設で、介護者は「お年寄りの世話は簡単ですよ。私には小さな子どもがあり、その経験がありますから」と言い放ったことを覚えている。そこにある種の技術、特別な配慮、施設整備という観点はあまり見られない。
第一回 アジアンロード 介護セミナー
「日本の介護の国際化」と「中国の介護の社会化」を考える
◆日 程 2009年2月28日(土)午後1時半~4時
◆会 場 日本社会事業大学 A棟 401教室
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